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コメントを書きこむ前に、こちらの記事に必ず目を通してください 「処刑宣告

母なる夜 -Mother Night-

読書

すっかり更新が滞ってしまいました。
本日のエントリーも偶然ナチス関係で重なっております。

今回紹介するヴォネガットの『母なる夜』(Mother Night)は第二次世界大戦でドイツ軍の広告塔を勤める傍ら、アメリカの軍事スパイであった劇作家の悲劇の顛末を描いた傑作です。

ヴォネガット自身、第二次大戦ではアメリカ軍兵士であり、当時の体験はその後の彼の作品のどれにおいても色濃い影をおとしています。
(そうした作品の中では『スローターハウス5』が『明日に向かって撃て!』のジョージ・ロイ・ヒル(George Roy Hill)監督が映画化したことで有名です。ちなみに『スローターハウス』とは屠殺場という意味)

現在、ヴォネガットは『タイムクエイク (ハヤカワ文庫SF)』を最後に1997年以降、筆をおり断筆生活に入っています。
大江●三郎とか、宮●駿とか引退宣言しながら結局しない、という人騒がせとは全く違い、『タイムクエイク』発表と同時に、「これが私の生涯最後の作品だ」と明言し、有言実行しています。


しかしながら、よほど腹に据えかねたのでしょう、昨年の大統領選挙のときに何年ぶりかに筆をとり「In These Times」誌に寄稿しました。

まだお気づきでない方のために言っておくと、フロリダの恥ずべき不正な選挙により何千ものアフリカ系アメリカ人の公民権が恣意的に剥奪された結果として、私たちは自らを、高慢で、にやついて顎を突き出した、無慈悲な戦争偏愛者として、ゾッとする兵器と反論を許さぬ姿勢でもって世界中に自己紹介しているのである。

まだお気づきでない方のために言っておくと、私たちはかつてのナチと同じくらい、世界中から恐れられ嫌われるようになっているのだ。

それには充分な理由がある。

まだお気づきでない方のために言っておくと、選挙で選ばれていないわが国の指導者は、ただ単に宗教と人種を理由にして、何百万もの人類から人間性を奪ってしまった。私たちは思いのままに彼等を傷つけ、殺し、拷問し、収監した。

そんなの朝飯前さ。

まだお気づきでない方のために言っておくと、私たちは宗教や人種という理由ではなく、下層階級の出身というだけで、自らの兵士達から人間性を奪ってしまった。

どこにでも兵隊を送り出せ。何でもやらせればいい。
<略>
我等が大統領がクリスチャンだって?アドルフ・ヒットラーだってそうさ。

気違いじみた人々が、つまり良心なき連中が、情けや恥の意味もわからず、政府や企業から金を持ち出して、自分たちのものにしてしまうという時に、若い世代の人々に何というべきだろうか?

「愛しの図書館員さん」I Love You, Madame Librarian

ヴォネガットの「静かな怒り」とも言える思いが全編からひしひしと伝わってくるような文章です。是非、全文を読んでいただきたいと思います。

しかし、こうしたヴォネガットの願いも空しく、残念ながらブッシュは再選し、世界中がガッカリしたわけだが。

現存する最も重要なアメリカ人作家として、ヴォネガットピンチョンは双璧とも呼べるべき存在で、どれだけ敬意を払うべき大巨匠であるかは、彼の弟子であるレイモンド・カーヴァージョン・アーヴィングを見れば一目瞭然だと思われます。
そもそも村上春樹氏ご推奨のアーヴィングやカーヴァーですが、ヴォネガットをいち早く日本で紹介したのは大江健三郎だそうです。

作品の話題に映りますが、これはもう感想を一言で表現することは不可能なほど色々と考えさせられる素晴らしい作品だった。趣味的には『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを (ハヤカワ文庫 SF 464)』にあるポジティヴさが好きなんだけど、『母なる夜』はテーマがテーマなだけに沈痛で深く、強烈な印象を残す作品だった。

主人公ハワードは劇作家として活躍していたのですが、開戦と同時にひょんなことからドイツ軍の広告塔(ラジオDJ)となり、ひょんなことからアメリカ軍のスパイとなり、ひょんなことから終戦後イスラエル軍ナチス狩りで逮捕される…という歴史に翻弄されながら、その時々で無意識に流されているわけでは決してなく、自覚的ににふるまい続ける姿が、一層の悲哀をかもし出している。

で、この小説もヴォネガットの十八番であるヒューマニズムとユーモアが満載搭載されております。

ハワードは終戦後、15年間、アメリカで息を潜める生活を余儀なくされているわけですが、夕暮れ時に「かくれんぼ」をする子供の「オリーオリー、オックス・イン・フリー」(隠れてないで出ておいで)という哀しげな声が、彼を毎日いたたまれなくさせるというエピソードがあり、秀逸です。

そして、わたしを傷つけたい、殺したいと思っているであろう多くの人から身を隠していたわたしは、だれかがわたしにそう呼びかけてくれることをしょっちゅう請い願った。際限のないわたしのかくれんぼをやめさせるために、だれか甘くもの悲しい声で叫んでくれないものかと−−−
「オリーオリー、オックス・イン・フリー」

カート・ヴォネガットJr 『母なる夜』より

ヴォネガットの小説はこうした一文というか、強烈な言葉が必ず残る。
他にも、ハワードの妻・ヘルガのナチス親衛隊だった兄ノトの引越しのエピソードも素晴らしかった。

だけど一番感動したのは、戦中、ハワードの宣伝放送を恨みに思ったオヘアという軍人に突如襲撃される場面があって、そこでハワードがオヘアに向かって叫んだセリフでした。

「戦うための正当な理由はたくさんあるが」とわたしはなおも言った、「無条件で相手を憎んだり、全能の神ご自身もともに憎むと思い込んだりするのは、正当な理由にはならんのだぞ。ほんとうの悪はどこにある? 悪とはあらゆる人間の中に潜む大きな部分−−際限なしに憎み、神を味方につけて憎みたがる部分のことだ。どんな人間にも、いろんな醜さにえらく魅力を感じる部分があるものだが、その部分こそ悪なんだ」
「悪とは愚か者のなかにあって」とわたしは言葉をつづけた、「人を罰し、人を中傷し、喜んで戦争をおっぱじめる部分のことさ

カート・ヴォネガットJr 『母なる夜』より

(文中太字は筆者によるもの)ここに小説の主題が集約された気がした。

しかしながら、ラストでハワードは思いもよらない選択をして小説の幕が閉じられますが、これがハワードなりの「戦争責任のとり方」なのだと分かって、このラストは間違っていないと思わされたが余計、哀しくなった。
やはり、この主人公にこういうラストを用意するところが、ヴォネガットらしいとも思ったり。

ところで、『いま会い』読んでないけど紹介文に「ヴォネガットをこよなく愛し、リリカルだが湿度のない、軽いユーモアを含んだ語り口…」って書いてあったんで、少し立ち読みしたがど こ が や ね ん」!

つーか、春樹エピゴーネンのことを春樹飛び越してヴォネガットとかアメリカの作家を簡単に引き合いに出すのはどうかと思う。大作家を出せばいいってもんじゃない。本当に影響を受けていなければそうそう簡単に「影響を受けている」とか、書くもんじゃないでしょう。本当のヴォネガットファンが読んだら泣くよ、マジで。


<複>カート・ヴォネガットJr 『母なる夜』(文庫)★★★★

*1

*1:<この記事へのコメント>
1. Posted by 千 2005年07月10日 19:50
こんにちは。
この記事を読んで、以前から気になってたヴォガネットの母なる夜を購入しました。今はヴォガネットの短篇集を読んでいるので、まだ手はつけてませんが。
この記事に掲載されてる雑誌は日本でも日本語で入手可能なのでしょうか?
ぜひ全文を読んでみたいので…。

2. Posted by sutarin 2005年07月11日 20:51
こんにちは。もしかして、以前にティム・オブライエンの記事で書き込みしていただいた方でしょうか? 当方の勘違いでしたら、申し訳ございませんが…。

>この記事を読んで、以前から気になってたヴォガネットの母なる夜を購入しました。

すごい嬉しいっす。自分の拙文で購入していただけるとは…! 嬉しすぎてうまく言葉にできませんが、ありがとうございます。
ヴォネガットの短編集はなんというタイトルでしょう。短編はまだ読んだことがないのですが…ヴォネガットのことなので、はずれはないだろうな、と勝手に思いこんでいますけど。

>この記事に掲載されてる雑誌は日本でも日本語で入手可能なのでしょうか?

うーん。自分も引用先である「暗いニュースリンク」様から入手したネタでしかないので、日本語版の雑誌が発行されているのか、この雑誌自体、よく知らないのです。あてにならなくてすみません…

こちらが原文掲載されているサイトのようですが…。↓
http://www.inthesetimes.com/site/main/article/i_love_you_madame_librarian/

3. Posted by 千 2005年07月13日 12:46
以前、村上春樹氏の内容で方でコメントした者です。私が今読んでるヴォネガットの短篇集は、バゴンボの嗅ぎタバコ入れというタイトルです。言うまでもないことですが、面白いです。記事の件、ありがとうございました。探してみます。

4. Posted by sutarin 2005年07月15日 22:39
こんにちは。
やはり、同じ方だったんですね。こんな辺境の、閑古鳥ブログにわざわざ足を運んでいただいて、大変感謝しております。
ヴォネガットの短編の情報、ありがとうございます。
おお。結構、最近に刊行された本のようですね。これは知らなかった。
今度、読んでみたいと思います。