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このページを読む者に永遠の呪いあれ

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コメントを書きこむ前に、こちらの記事に必ず目を通してください 「処刑宣告

貴様こそ、爆発しろ

ちょっと前の記事だが、自分なりに分析できたので書く。

「今年どんなキャラクターが一番ヒットしたかと自分なりに考えると、やはり『まどか☆マギカ』であろうかと思う」
「『エヴァンゲリオン』の後に何が来るかと思っていたのですが、それが『まどか☆マギカ』ではないか。『まどか☆マギカ』は、僕が漫画の原作を作ってきたのと全く逆の作り方だった。僕はまずキャラクターを立てて、設定を決めて、事件を起こす。そうやって分かりやすく進むけれど、『まどか☆マギカ』は何がなんだか分からない。謎が謎を呼び、ラストまでいってしまう。この引き方は、おそらく紙の文化の漫画の世界では作り得ない」
魔法少女になれば魔女にならざるを得ない。魔女になれば悪を行わざるを得ない。悪を行えば希望が消える。こういう考え方は僕の上をいきます。僕は漫画の世界で、これだけ大きな世界観を持つことができませんでした。ですから、負けたなっていう感じを持ちます」

漫画原作の巨匠・小池一夫「『まどか☆マギカ』は僕の考えの上をいく作品」

言わずもがな、小池氏は今の漫画業界にはなくてはならなかった人であり、現在の人気漫画家たちをたくさん輩出している。漫画原作においても傑作をいくつも残している。

彼の持論はかの有名な「キャラクター論」で、要するに「面白いキャラクターさえ作れば面白くなる」という極めて単純かつ明快な正論です。

上記の『まどマギ』に対する氏の発言を熟考すると、小池氏のポリシーをもってすれば、この内容、全然褒めてない。

つまり、「面白いキャラクターは、ついに作者の手を離れ、生を吹き込まれたように、勝手に思考し物語を動かしていく、自分にとってのキャラクター作りはそういう作業だった」、「ところが『まどマギ』を見てくれ。これはその逆。作り手のために生まれ、作者の駒としてしか生を与えられていない。作者の思想・嗜好を反映しただけの人形にしか過ぎない。いやあ、驚きました。こんなキャラクターの作り方を今の人はするんですねえ(笑)」。

最近、常々思うけど、虚淵玄鬼頭莫宏は、その意味においてキャラクターの作り方が実によく似ている。
彼らのキャラクターは、(作家からの)自立性がなく、作家のうざいメッセージを伝えるための道具でしかない。
ぶっちゃけ、キャラクターは自分のものでしかないことを最大限に主張し、だからどんな目に遭わせても構わないと思っている。
その為なら無茶ぶりな展開も、負のご都合主義も、矛盾設定もお手のもの。

「俺のメッセージを伝えるために、いくらでも不幸になり、絶望してくれ!
俺は自分しか愛せないし、他人の気持ちなんて考えることができない。
だから、俺がうっとうしいと思うタイプの人間に似たキャラクターを作って、そいつの不幸になっていくさま、絶望するさま、落ちぶれていくさまをぜひ見てくれ。おかしいのは全部こいつら。こいつらのせいで俺は不幸。これこそが『真実』だ!」

そうした胡散臭い新興宗教みたいな勧誘の仕方で、彼らの愚信者どもも同じレベルで熱狂する。
「生まれもって才能を持っている奴、人気者、高貴な奴、リア充、そういう連中はどん底まで突き落とされ、全員爆発してください\(^o^)/」
という果てしなく気持ち悪いメッセージなのだ。

誰だって気に入らない人間はいる。
しかし、作品にそうした怨念の呪詛を込めて、送り出してくる虚淵や鬼頭の気持ち悪さには反吐が出る。
こういう他人の気持ちを考えることが微塵も「できない」自己愛こそ、爆発しろ、と思います。