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青の時代/三島由紀夫

読書

青の時代 (新潮文庫)

青の時代 (新潮文庫)


実は、三島由紀夫の小説って面白いと思ったことは一度もない。

彼の描く人物描写や文章そのものが、よく言えば優等生的、悪く言えば凡庸な秀才。
キャラだちで評価すれば薄い。予定調和的で、刺激的だなあ、と思ったことは残念ながら一度もない。(傑作と言われる『金閣寺』も『仮面の告白』も)
無難でまとまりすぎ。賢すぎて、ユーモアに欠ける。でもって、理性が優先して書いている印象を受けるんで、退屈なのかもなあ。

ファンがいうほど文章だって名文だとは思わないし。谷崎潤一郎のほうがぜんぜんうまいと思う。現代作家で言えば、古井由吉の方がうまいだろう。

しかし、三島信者って「賢く見せたがる自称読書家」で愛国心かぶれ(『青の時代』も解説が西尾幹二だしなー)と、あとインテリ気取るオタクに多い気がする…。(榎本ナリコとか)
「三島」を筆頭にあげる奴は大江健三郎とか、ヴォネガットとか、フローヴェールとか、セリーヌとか明らかに読んでいなそう。いろいろ読んで、でも結論、三島が一番好きだ、という人がいたらそれはそれですごい。
自分の周りにいた文学オタは三島から入って、しかし、ジョン・バースとかピンチョンとか読んでるうちに転向した人ばかりだったんで。

なんだか好き放題書いているが、アンチというほど嫌いじゃない。
というか嫌いだったら何作も読まないし。読ぶたびに「ああーーーいつもの三島だった orz」、それから時間がたってまたポツンと読んでは、「ああーーーいつもの(ry」を繰り返している作家なだけであり。

というわけで、自分にとっては三島は普通の作家です。

ただ、三島は作家としてだけでなく、作風が似ても似つかない真逆なアウトロー作家たちの個性を認め、盛大に激励したし(深沢七郎稲垣足穂野坂昭如など)、彼らは時を経るごとにどんどん評価が高まっていって、恩人みたいに慕われたりしていたわけで。逆に批判した作品は今も通じる的確な評価だったと思う。(大江健三郎の『個人的な体験』とか)
そうした三島の審美眼と先見の目にかけては、下手な評論家よりはるかに優れていて、オイラにとって三島とはそういう人だった。

で、久しぶりに三島を読んだ。
ライブドア事件でスポットがあたった作品なので、ここぞとばかりに読んでみた。
結果、「いつもの三島」だった…感想は先に述べた通り。
特にそれ以上言うことはない。

ちなみに小説のモデルとなった実際の事件はこれです。
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/hikari.htm

ぶっちゃけ言えば思っていたほど面白くなかった。先に「光クラブ事件」のことを知っていたから、余計に期待してしまったのがいけなかったのかもしれない。今だったら、大衆作家あたりでもっと面白く書けそうな人もごろごろいるだろうし。
だけど、これは書いているのが三島だし、三島のいつもの小説でしかないわけであり。
あと、ライブドアの堀江と光クラブを比べるのは、比較にならない気が。
彼のほうがホリエモンより賢いだろう。ちょっと偏執狂なほど神経質な男として描かれていた。

宴のあと (新潮文庫)
これと同様、実在の事件をモデルにした三島小説では『宴のあと』も期待値で玉砕した経験があったのを忘れていました…。
今度は小説はやめて、戯曲に挑戦しようと思います。三島は小説より戯曲のほうがいいという人もいるし。(今までなんだかんだと読んでいなかった)
近代能楽集 (新潮文庫)
サド侯爵夫人・わが友ヒットラー (新潮文庫)

関係ないけど、三島のまとまり加減とか、退屈の質が少し島田雅彦に似ている気がする。
ていうか…この三島の平凡さにも及ばぬ芥川賞の候補になっている連中っていったい何者なんだ? 
あれらに比べれば、三島が天才と言うのは盛大にうなづける状況が切ない。



<複>三島由紀夫『青の時代』(文庫)★★1/2